ある男の旅

「どうして大切な人は1人にしなきゃいけないの?」

男は言った。
その声は幾度にも渡って投げかけた問いにも感じられた。
しかし今まで男の耳の奥に届く反対論を唱える声は、聞こえなかったのだと思う。

★このコラムはご本人の許可を頂いて些少のフィクションを混ぜて書いています。

私は返す。
「同等ではないからじゃないですか?ひとりは社会的に認めた立場があり、
ひとりにはそれがない。つまりそこに格差がある。」

なぜこの話題になったのか、経緯はよく覚えていない。
12年連れ添った妻とは、もう何年もSEXしていないという、所謂よくある話からだった。

私は何故しなくなったのかと聞いた。
男は、妻がSEXがあまり好きではないようだからと答えた。
求めはしないけど、もし求められたら喜んで受け容れると言った。

いつからしなくなったのかと私は聞いた。
男は答えた。
「子供だね……。2番目の子供が出来てから…。」
それ以上はなんとなく重い空気が、具体性を物語っていた。

しかし男は機転を返した。
「でも、今でも妻のことは愛しているし、たまに子供預けてデートもするし、結婚生活にはなんの不満もないんだよ。SEXはないけど、きちんと繋がっていると実感しているし毎日充実しているんだ。」

男と女は、生活という運命を共有すると、その領域にたどり着くのか…。
生活は妥協の連続という。
家庭は社会だという人も。
そこにある愛とは、どんなものなのか私は知らない。
しかし私はひとつの疑問を男に投げかけた。

「じゃあSEXはどこで処理してるんですか?」

風俗でも、セフレでもワンナイトでもないと彼は言った。

じゃあ愛人?

いや、愛人じゃない。

ああ、最近は既婚者でも恋人と言いますもんね。

いや、恋人とはまた違う。

え?じゃあなんですか?

大切な人。

その立ち位置、分かりにくくないですか?

それしか言いようが無いんだよ…。

彼女とはSEXはするけど、僕は彼女の幸せを1番に願ってるし、
なんでも力になれることはしてあげたいと思ってるし、
結婚もしてほしいし、子供だって産んでほしい。

ああ、その時が来たら潔く退く覚悟はできてるって関係ですか?

いや、退かないよ。
関係を断つつもりはないんだ。
そういう次元で繋がっていないんだ。
彼女と僕は、お互いでしかできない部分を埋めあってる。
それは充分に確認し合った。そこはとても、大切な部分なんだ。

もしも彼女と一緒にいるところを誰かに見られて、この人とどんな関係なんですか?と聞かれたら、なんて答えるんですか?

大切な人…大事な人と答えるよ。

話だけを聞くと、とても充実した人生を歩んでいるように感じた。

私は聞いた。
「奥さんでも、その大切な人でも、満たせない業が、あなたにはまだあるんですね」

男は返した。
「どうして大切な人は1人にしなきゃいけないの?
僕は抱えられるだけ抱えたい。
そして幸せにしたいし、幸せになりたい。
それを否定されるから、こういう関係性を誰にも言えない」

幸せ物質と言われている脳内神経伝達物質セロトニンを求めて、
人は金を使い、時間を使い、手間を惜しまない。
少し足りなくなったこの脳内物質に不安を覚えて補おうと人は必死になる。
時に理性にも理念にも蓋をして。

これは多情ホルモン(英雄ホルモン)とは、また違うものだと思う。

問題は、この両者どちらにも隠している、もうひとつの顔があるということー
おそらくそれは、この男の中の、女性性。
女々しくて、ちっぽけで、甘えたがりで、ひどくわがままな、
小さな小さな自分自身。

これを満たしてくれるパートナーが見つかるまで、
この男の旅は続くのだと思う。
そして、それを愛した人に告白することが、どれほどの勇気を要するか、
じゅうぶんにわかっているのだと思う。

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