2001年9月11日は私にも、忘れられない日となりました。
これは、私の昔の話です。
あの日、私が僅かに恋心を抱いていた男性が、
あの場所に居ました。
幸いにも彼はその日、寝坊をして遅刻したおかげで、
あの被害には遭わなかったのです。
急いでオフィスへと向かう道すがら、あと5分で到着という場所に居たそうです。
しかし目の前に拡がる光景は、
とても言葉では表現できるものではなかったようです。
私がそれを知ったのは、
それから半年後のことでした。
まるで他人事のように話す彼の口から、
私はものすごい違和感を感じていました。
何か、表現できないものを感じていたのです。
彼はいつも冗談ばかりを言って、
本当に人を楽しませることに長けた人でした。
しかしその日は、
まるで置物と話しているような気にさえなっていました。
全身から淀むエネルギーは、
この好青年から、なにか大切なものを奪っていった感じがしたのです。
「どうしたの?なにかストレスでも溜まってる?」
「ううん、別に。」
「・・・・・そう。」
何をしても響かない。
何をしても感動がない。
それは彼も感じていたようで、
私といる間、ずっと淡々としていました。
「今日はダメみたい・・・。」
そう言って残念そうに帰っていったのを記憶しています。
それから彼の消息はわかりません。
今もアメリカに居るのか、日本に帰ってきているのか・・・・・。
あの日、彼が奪われたものについて考えてみました。
それはおそらく、パッション。
常識的に考えると、
事件に巻き込まれたわけでもなく、
本人に被害は殆どないのに、
何故そうなるのかと思うかもしれませんが、
あのような事件は、多くの人々の心に傷跡を残します。
そして、潜在意識の何かしらとリンクするのです。
それが、その後にも大きく影響します。
それが解ってから、
私は女性とは、パートナーとは何であるのか、
なんのために存在するのかを考えるこことなりました。
単に排泄を担当する情婦などではない!
もっと人のココロの奥底、深淵の部分を癒やせる者でなくてはならないのではないか−
相手がそれに気づいていなくても良い。
私がやっていることは尊いものではないのか−
与えるものは、ひとときの夢ではない。
包まれる安心感、そして充溢感、そして愛される喜び・・・
女性という意味が果てしなく追いかけてきました。
彼にしてあげられなかったことが、
今も私を責めるときがありますが、
あの事があったからこそ、
私自身が私と対峙するよいチャンスを頂いたことになりました。
今、どうしているのか解りませんが、
どうか情熱を取り戻し、
幸せな日々を暮らしてくれている事を祈ります。
そして、あらゆる角度から被害に遭われた方々の心が、
少しでも癒されるよう、祈っております。